生きがい 〜命の先にあるもの〜

2才5ヶ月の息子と「きぶんてんかん」と、称した散歩を毎日しています。散歩といっても足を使って歩くのは僕だけで、息子ははだしのまま僕にだっこされたまま、近所の線路が見えるところまで行って、行き交う電車を数本眺めたら帰ってくるというのがお決まりのコースになっています。「よし、じゃあ『きぶんてんかん』にいこう」となって、家の外に出たらまずは空を見上げるのですが、飛行機だとか星だとか、空にあるものによく気付いては「あ、ひこうきだよ」「おほしさまみえたよ」と指差して教えてくれる息子です。我が家は西東京市なのですが、東から西に向かっていく飛行機が圧倒的に多いです。


ここのところの僕は、家庭内の事情により、これまでよりややシビアな自己管理や時間のやりくりが要される状況にあります。その事情が生じた当初は、いくぶん自分のやりたいことを圧迫されるところがあっても仕方なし、この事情がひと段落つくまでは無理してでも闘い抜かなければなという覚悟でいました。しかし、そのスタンスで最初の数日をやり過ごしたところ、どうも生きた心地がせず、家庭を支えるどころか、ストレスで自分の胃に穴が開くとか体調を崩すとかするのが先か、という予感が立ち込める始末でした。「やりたいことは、無理してでもやれ」という声が自分のなかから湧き起こるのを、キャッチしたのです。今は、実家の父・母をはじめとした親族たちに遠慮なく頼り、溜まった有給休暇を細切れにでも積極的に消化することで、やりたいこともなんとかやれています。


天候や自然現象・災害をきっかけに、それまでやれていたことが厳しくなるような事態が、このところあちこちで起こっているかもしれません。命を守り、保つのがまず第一でしょうけれど、その先にあるものが逆行して「命」の方に干渉してくることもあるのじゃないかなと、このところの自分の家庭内事情および自分の健康状態・モチベーションと照らし合わせては、空想しています。



そういうの、生きがいっていうんでしょうか。