なんでもない日記

今年の3月に、母方の祖母が亡くなりました。お盆だからといって何をするわけでもない我が家ですが、親族であつまって、少し空気のいい場所で数日を過ごすのがゆるい慣習になっています。


去年の今頃にも、そんなような過ごし方をしました。その時と今年は、何がちがうでしょうか。


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①姪の1人が参加していない


僕の実兄の長女が、今年度から高校生になりました。部活だとか委員会だとか、いろいろあるんだそうです。中高生くらいの頃の自分を思い出すと、留守番をするのが楽しみでした。両親に干渉されずに過ごせるからです。徹夜してゲームをプレイしてましたね。無為でしたが、楽しかったのです。自分を律して、もう少し実りのあるおこないをできるようだったら、今の自分はだいぶ違うものになっていたでしょうか……眠らずに夜を徹しておなじ行為を続けられるなんて、その内容がたとえゲームであろうと、ある意味自分を強く律していたともいえそうです。(いえないか)



②本をたくさん持ってきた


トートバッグにいっぱいの本を持って来ました。去年から今年の間に、ある編集者・作家の方と関わりました。その方から受けた影響で、本に対するガードがゆるゆるになりました。どんな本でも気になったら手に取りますし、なんだったら気にならない本も手に取って見てみるようになりました。以前の自分だったら決して手に取らないようなものに、積極的に触れています。そういうバイアスがはたらき過ぎるのも偏見になりますから、もちろんこれまでも好きだった類のものにも同様に手を伸ばします。そして、すぐに買ってしまうのです。そこのガードが甘くなりました。単に財布の紐が緩くなった、という方が適切かもしれません。早速こちらの本屋で購入したものが、持って来たトートバッグに加わっています。



③息子が成長した


去年は1歳3か月だった息子が、今年はプラス1歳です。語彙が増えましたし、からだが強くなりました。飛び跳ねますし、走り回りますし、いろんなことをしゃべります。僕の実兄の次女である小学3年生の姪と、おおさわぎです。この姪がまたよくしゃべり、よく走り、よく跳ね回る子ですので、息子と2人で興奮の無限エレベーションを舞っています。


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他にもいろいろと変化があったと思います。日記をつけるようになりました。自分の変化を見られるようにするためです。ある意味、以前よりも自分を律している側面が認められます。中高生くらいの頃の自分は、やっぱりそういう「自分から自分への規律」が少なかったんだと思います。僕が僕として生きるために、自分で考えて運用する規律です。より良くなるため、より自由になるため、より幸せになるための規律だと思うのですが、その規律のおかげで実際によりそのようになったかどうかは、実はあまり重要でないのかもしれません。良くなったり悪くなったり、自由になったり不自由になったり、幸せになったり不幸になったりは、誰にでも等しくあることでしょうから。片方があることで、もう片方が存在できます。


なんでもない知性体の、なんでもない日記を読んでくださり、ありがとうございます。