マルチマイクは、おとぎの話。

ドラムセットの演奏を、たくさんのマイクで録る方法(マルチマイク録り)があります。ドラムセットはいくつもの太鼓とシンバルが組み合わさった楽器ですから、これらの組み上げられた楽器ひとつひとつに対し、それぞれマイクを立てたり取り付けたりして、なるべく近い、その楽器の音のみが収録されるようにする方法です。

僕たちの耳はふたつですから、ステレオというのは理にかなっています。実際には骨に響く音だとか、髪の毛の先端を揺り動かしたり皮膚で感じる空気の圧力・振動など、からだ全体で「音」を感じているわけですから、厳密にはマイクが2本だろうと20本だろうと足りないのかもしれません。

その話はひとまず置いておくとしまして、ドラムのマルチマイク録りの話に戻りますと、ひとつひとつの楽器に〈ありえないほど〉近接して収録したものをステレオ(2回線)の音にまとめ上げるわけですから、いってみれば「フィクション」、おとぎ話みたいな音なわけです。

僕は、個人的にはドラムの音を収録する方法としては、演奏者のあたまの近くに2本のマイクを立てるだけという収録方法を好みます。その方が、演奏者が自分の耳とからだでコントロールしたドラムセット全体の鳴りに、忠実な収録ができると考えているからです。

たくさんのマイクで拾ったドラムの音は、ひとつひとつの楽器の音が近く、明瞭で、おそらくいま流通している音楽に含まれるほとんどのドラム演奏が、マルチマイク方式で録音されたものだろうと思います。たくさんのマイクで収録した「近い音」のひとつひとつを、フィルタリングや音質調整をして作り込み、臨場感ある2回線の「ドラムセットの音」にまとめあげるのです。

一方、はじめから2本のマイクだけで録る方法は、演奏の時点での出来と完成形との間の乖離が少ない方法だともいえます。それだけ、「あとでいじれば良い」という自由の利かない方法でもあり、演奏時の手応えが本番のキャンバスにそのまんま映し出される、醍醐味ある方法でもあります。

この方法で収録する場合、演奏のニュアンスをマイクの「近さ」に頼って表現するわけにはいかないので、繊細な音を埋もれさせない技術、豪快な音を潰さない技術が必要になります。ただ、このことを逆にとらえると、「遠さ」に頼って自分の演奏の弱点をうやむやにごまかしやすい録り方だともいえます。音量のコントロールができずに力まかせに叩いたとしても、マイクが遠いぶん音が潰れにくいでしょう。良くも悪くも、前時代的な印象になりやすい録り方でもあります。

自分のやっている音楽が、近代的で最先端な方向性をあまり要さないので、僕はたった2本のマイクでドラムセットを収録する方法を好んで用いています。あまりニーズのあるやり方とはいえないでしょう。商品としての音楽を主に生産しているわけではないので、自分に合っていればそれで良いのです。

おとぎ話やフィクションは、商品になりやすいのかもしれません。