「あなた」と「わたし」同一人物モンダイ

ぼく自身にありがちな問題はなにかといえば、【「あなた」と「わたし」同一人物モンダイ】です。つまり、ぼくの発信や発言に、「ひとりごと」や「ひとりよがり」様なことが多いということを、ぼく自身が多少なりとも自覚しているということです。

なにかを発信する際や発言する際に、自分とはべつの「あなた」を見据えたうえで、「わたし」と「あなた」双方のためになることを、もしくは双方の迷惑にならないことを発信したり発言したりするようにすれば、この【〜同一人物モンダイ】はいくぶん解決するのかもしれません。

ただ、現状、ぼくはいまこの【〜同一人物モンダイ】と同居をつづけています。これは、「あなた」と「わたし」を同一人物としたとしても、それほどここでいう「あなた」や「わたし」以外のだれかに迷惑まではかけていないだろう……という点に甘んじているためです。

ただ、その点に甘んじているぼくのような者がたくさんいると、「だれのためにもならないひとりごと」様なノイズが社会に増えてしまうかもしれません。それも積もり積もれば、真に自分以外の「あなた」を見据えてお互いのためになる活動をしている人にとっての妨げになってしまうかもしれません。

そう考えると、ぼくは【「ひとりごと」によって、ほかのだれかに迷惑まではかけていないだろう】という点に甘んじていることを正さないといけないのかもしれません。

……といいながらも、これまでの自分を擁護するようなことをすぐさま考えてしまいます。自分自身を「あなた」と「わたし」に据えた発信や発言が、「ひとりごと」様なアウトプットをしがちなほかのだれかにとっての価値になりはしないだろうか?  ……と。自己問答を追究しない人になにを言われても、自己問答を追究する人には響かないのでは?  という思いがぼくにあるのもまた、否定するべきではない……認めてやるべき事実だと思うのです。

「迷惑まではかけていないでしょう?」という点が、ぼくが【「あなた」と「わたし」同一人物モンダイ】を正さない(正せない)で甘んじている理由なのではなく、ぼく自身が「自己問答の価値」を認めていることが本当の答えなのかもしれません。

……なんてことを言われても、やはり受け取る人によっては「何言ってんだコイツ」未満のノイズでしかないのでしょうけれど。

自分を偽ってだれかに正直なふりをするよりも、まずは自分に正直になって、その上で他者に対しても正直でいられるバランスをさぐり続けることが、いまのぼくの「答え」であるとしておきます。