人生は、OK。〜たかを、くくろうか〜

1月の中頃だったと思います。「谷川俊太郎展」に足を運んだときのことでした。四方の壁をモニターディスプレイとスピーカーに囲まれ、その環境を利用した独特な「詩の朗読」の展示を体験したあとに待ち構えていた、いちばんメインとなる展示スペースに入っていったときのことです。


何やら、哀しみとも悼みともとれるような、ブルージーな歌声が聴こえてきます。声の震えがそのまま聴くものの心を震わせてくるような歌声です。音の主を探して辿っていくと、棚一面に陳列されたラジオのようなスピーカーのようなものがありました。足元から頭よりも高いところまで、何段にもわたって、展示されています。展示内容の解説を探して読んでみると、それらのラジオ付きスピーカー?は谷川氏のコレクションとのことでした。音の主であるそのスピーカーに僕はできるだけ耳を近づけて、その「歌声」を聴いていました。(直接触れないように、気をつけながら。)ずっと聴いていると、ほかのスピーカーからは「鉄腕アトム」の主題歌なんかも流れてきて、いくつかの歌が入れ替わりたちかわり、それぞれ違ったスピーカーから再生されて聴こえてくる、という仕掛けのされた展示のようでした。


さて、この棚の背面あたりに、ここで再生されている曲たちの解説となるような展示がありました。僕は先ほどの、心を震わせてくる歌がなんだったのか、気になって仕方がありません。その展示がなされたパネルを食い入るように見ていくと、その答えがわかりました。


僕は、たいそうびっくりしました。谷川俊太郎氏が関わっている作品であることは、今回の会場に展示されていることで明らかですが、その作曲者も歌声の主も、僕の知っている(もちろん一方的に、です)、それでいて非常に意外な人物だったのです。曲のタイトルは「TAKESHIの、たかをくくろうか」、作詞者・谷川俊太郎、作曲者・坂本龍一。そして歌い手はそう、コメディアンとして有名なビートたけしだったのです。これには、本当に驚きました。こんな「歌」を持った人だったのかと。なんでも、彼自身の出演するラジオ番組「オールナイトニッポン」の放送において、この曲が使われていたのだそうです。(このことは展示内容に含まれていたのか、気になって自分で調べたことだったのか記憶があいまいです)


ここで、曲のタイトルにも含まれている「たかをくくる」ということについてです。この曲の中で、歌の旋律が音域的にいちばん高くなる部分(「エモい」部分)において、それぞれ1番、2番、3番と「世の中ってこんなところだよ」「今の今ってこんな時間だよ」「人間ってこんな生きものさ」と歌われます。そして、そのあとに続くのが、「たかをくくろうか」、この1行なのです。僕は、すさまじい「諦観」を感じました。だって、坂本龍一と谷川俊太郎とビートたけし、それぞれの世界で間違いなく主役になれるこの3人(厳密にはもっとたくさんの人が力を尽くして関わっているでしょうけれど)が力を合わせた作品で語られることが、「たかをくくろうか」なのですから。こんなにすさまじい「諦観」はないと思いました。もちろん、作品に関わる人が誰なのかを知らずに、僕はスピーカーから漏れ出る音そのものに心を震わせられたわけですから、このことは「作品との出合い」に「興味深いオマケ」がついて来たに過ぎません。この出合いだけでも、僕にものすごいお土産を持たせてくれた「谷川俊太郎展」だったといえます。


たかをくくって、それでも僕らは「世の中」と、「今という時間」と、そして「人間」と離れることなく、ピッタリと肌身を寄せて生きています。それらの事実を認め、受け入れて、歩いていく先にあるものなんて、たかが知れているかもしれません。それでも歩くことをやめないし、肌身離さずそれらを持っている。持っていくしかないのですが。そんな嘘のない「出合い」を重ねることは、いくらたかが知れていたとしても、悪くないものだと思います。「悪くない」程度のもので、これほどに心が震わせられたりすることがあるのですから、そう、何も言いたくなくても、何かを言わなきゃいけないとしたら、僕らに言えることはたったひとつ。「たかをくくろうか」。これひとつで、人生はOK