こんなものが、あったのか。〜年度はじめの恒例行事〜

最近、僕の職場で、「備品の配置とその有無を確認する」という仕事がありました。僕はこの仕事が嫌いで、やる気のかけらも湧かないのですが、仕事なのでやりました。 


どこから手をつけたもんかと、目につくもの手に触れるものを、ゆっくりゆっくり確認していきました。その前日は日曜日で、僕はスケジュールがいっぱいでした。朝から晩まで東京じゅうを東へ西へ南へと駆け回り、疲れていたのです。確認のための備品リストが見づらいとか、この仕事にどれだけの意味があるんだろうとか、心のなかでこぼしながら、重い体を引きずってのそのそと動いていました。 


そうこうしていると、自分の持ち場を終えた同僚が来てくれました。他人の目があると、しゃきっとするものです。僕は背筋を伸ばしました。客観的にはそう見えなかったかもしれません。優秀な同僚のおかげで、ペースが上がりました。僕はますます能力を発揮し、やる気が出るほどに同僚の足を引っ張りました。空回りではありません。これが僕の才能なのです。 


使用頻度の高い部屋を確認し終えて、倉庫にとりかかったときです。ふと小さな箱を見つけてふたを開けてみると、伏せて重ねられた紙の束が出てきました。ひっくり返してみると、白黒の写真でした。カラーのものも混じっています。一枚一枚見ていくと、19956月の日付が入ったものが多くありました。23年ほど前の、職場の様子が写されたものでした。 


白い布を全身にまとった2人組の女性が、何かを演じている写真がありました。僕はモダンアートみたいだなと思って、その通りのことを言いながら同僚に写真を見せました。すごく斬新な表現のように、僕には思えたのです。こんな活動をする人が、今の僕らの職場に出入りしているだろうかと考えました。 


近年、僕らの職場は、施設が出来て40周年を迎えたところです。それらの写真が切り取っているのは、20周年の記念事業の様子だったのです。そのことを示す横断幕が写り込んでいるものもありました。僕は口癖のように、自分のはたらく施設を「ボロい」と評してしまうのですが、写真の中に垣間見える施設の窓や床は、いくぶん今より綺麗に見えました。今は、床はシミだらけ、窓や間仕切りのガラスは、貼りものとテープの跡だらけです。 


施設の内装が美しかったり、写っている人たちの身だしなみが今の流行とは違ったりという差異はあるのですが、不思議と昨日までのここの様子と、なんら変わらないようにも見えました。きっと、行われている「内容」の本質が変わらないのでしょう。人々は、いまも昔も、文化的な活動を大事にしているんだなぁと思いました。 


僕は写真をひと通り見終えると、仕事に戻りました。未確認の備品が残っています。ごみごみと床に置かれたものの間につま先を差し入れながら、倉庫内で一番奥のスチール棚に接近しました。すると、目線の下の方の段に、ボロッボロのハードケースが二つ並んでいるのが見えました。確認する備品リストの中に、媒体は不明ですが作品のタイトルのような文字列があったので、僕はきっと学習のための映像資料か何かだと想像し、それらしきものがないか探していたのです。この古びたハードケースの中身は、映像の収録されたレーザーディスクか何かのソフトではないかと思い、動線を邪魔するごみごみしたものを押しのけて、積み重なったプラケースの上にボロボロのハードケースを引っ張り出しました。 


二か所の留め具を開けてふたを開くと、たくさんのレコードがでてきました。そのどれもが、フォークダンスの音楽を収録したものでした。中には、クリスマスをテーマにしたコンピレーションなんかもありました。僕はときめいてしまって、「うおー!これ、持って帰りたい!」とかなんとかわめいていました。いくつか引っ張り出して中を見たりしていると、最初はあいづちを打ってくれていた同僚は、いつの間にかいなくなっていました。僕は鼻息を荒くしながら紙のジャケットを繰り、黒く光る盤面を見つめていました。いつしか、やる気がなく、休日の疲れを引きずっていた自分も、どこかにいなくなっていたことにも気付かずに。 


つまらない仕事だと思って始めてみたら、思いもよらない出合いと発見に満ちた体験がありました。僕は、悟りました。何かをやり始める際に、やる気もモチベーションもいらないと。必要なのは、出合い、発見するものに反応する「感受性」のみなのだと。反射神経のようなものともいいますか、そう、感受性うんぬん以前に、自分にとって本当に大事なものごとに対しては、疲れていようがやる気がなかろうが、反応できるものなのでしょう。


思わぬものに出合ったことで、僕はほくほくとした気持ちになりました。ただ、ただね、嫌いだった「備品確認」の仕事を好きになったかといえば、やっぱり嫌いです。なんてったって面倒臭いし、埃がひどいじゃない?