横たわるもの

果たして作者本人がどんな思いを込めたのかなんてことに関わらず、受け手側が自由に解釈できるのが、「歌」です。

「歌」を作る人は、あらゆる解釈の幅を想定しながら、聴き手を歌の終わりまで導けるように作るであろうことを想像します。

多くの人に共通するテーマであるほど、それに沿うような具体的な体験がどんなものかは、人によってさまざまです。いろんなことを経験し、いろんな生き方をしている人がいるからこそ、どんな「導き方」で聴き手に届けるかが、歌を作る人の手腕にかかってきます。その「導き方」が、聴き手の入り組んだ心の構造にふさわしい道すじであるほどに、歌はその人に響くのです。

かつてはなんとも思わなかった昔の名曲やらが、長い時間を経たあとで良いと思えるようになったりするのは、自分の体験が増えるほどに、いろんな「導き方」に自分の方が対応できるようになるからなのでしょう。

恋愛のことはやはり恋愛を経験してこそわかるようになるし、父親や母親の心情がどんなものかは、子どもを持ってこそわかるものがあります。

恋の仲、親子の仲、友だちの仲などは多くの人が何かしらの経験を持っていて、それらにまたがって存在するテーマこそが、「愛」なのかもしれません。

「愛」をいろんな角度からいろんなふうに切り取った表現を、音楽に託し、音楽で受け取ってきた人間の営みがあります。レコード、テープ、CD、データと、内容をやりとりする「いれもの」は変わってきたけれど、音楽に宿る「人間」に、時代を経ても横たわり続けるもの……果たしてそれが「愛」なのか。どんな様相に変わっていくのか……?

「引っかかる音楽」が増えていく人生は、楽しいです。