月のセッション

季節の変わり目は、体調の変わり目。

さまざまな不調変調を訴える人が増える。

下半期が始まるこの時期は、自殺者も増える、という嘆きさえ耳にした。つい最近も僕の最寄りの鉄道路線が朝の通勤時間帯に人身事故でストップしていた。

僕たちはなんとなく、365日が等しい扱いで存在していているような感覚を持ってはいないだろうか。

夏でも冬でも1日は1日だ。同じペースを強いるように労働に従事していると、ものの見事に季節に振り回される。

季節の変わり目の時期は、自分は動けない。…くらいのことを想定して、手帳のカレンダーに線を引っ張っておいてもいいかもしれない。

ここ近年の僕は、夏と冬とで体重が平均1kg違う。寒さに対する防御を身体がおこなうのか、冬の方が重くなる。

おおむね55kg±1kgが僕の体重の変域である。

体重の55分の1程度の変動と考えると、さほどの変化でもないような気もするけれど、1kgの食肉をドンと目の前に出されたら、かなりの分量である。

体重だけに着目しても、それだけの変化が見てとれる。その1kgはきっと、からだの調子を大きく左右する影響力をもった1kgなんだろう。脂肪分だけが1kg増えたり減ったりするんじゃないはずだ。

冬は乾燥する。体内の水分量も季節によって大きく変わるんじゃないだろうか。もちろん生命維持に関わるような量の変動のことを言っているわけじゃない。すごく微妙な水分量の変化でも、僕たちは繊細に体調の変化を感じるんだと思うのだ。

身体の中であらゆる連絡を担うのは血液だ。これだってほとんどが水分だろう。これの濃度のわずかな変化も、一瞬の思考の切れ味に大きく関わってくることだと思う。それに基づいた身体のはこびも、もちろん然りだ。

最近月がきれいだ。

満月や新月は、妊婦さんが産気づくという。

生命のリズム。

複雑に伸び縮みしている。

僕もリズムを持ってるし、

あなたも持ってることだろう。

持ち寄ってセッションしないか。

今宵、月がきれいなら。