お勝手さま

僕はひとに連絡をとるのが苦手である。


それって苦手もなにもあるのか?とおっしゃるかもしれない。


確かにそう、苦手もなにもないはずであるから、僕がただ苦手意識を持っているだけなのだろう。


大事なことを、気軽にひとに頼むことができない。


考えに考えて、ぜったいこれをお願いするならあなただ!という結論に自分の中で達してからでないと、その人に連絡をとろうと思えないのだ。


先方にも都合というものがあるから、ちょっとでもその気があるなら、まずは軽くお伺いをたててみる。


そういった根回しじゃないけど、その人に動いてもらうという前提が有効かどうかをまず確認することが、時間をかけてその先を考えたり固めて動いていくことを無駄にしないための一歩であるようにも思う。


僕はなにかと、その先まで自分の中で煮詰めたり、具体的なイメージをある程度持ったうえで誰かに連絡をとりたいと思う。


それなしにひとになにかを頼ったりしようとすることは、どうも軽率に思えてしまうのだ。


結果的に、もっと早くいってくれれば良かったのに、なんてこともある。


そうなってしまうと前提としたはずのその人の力には頼れないけれど、自分の中で考えて煮詰めてきたことが、なにも無駄ではないことに気づきもする。


つきつめて考えたことは、案外何にでも、誰がやっても応用が効くのである。


そうやってまた今日も僕は、自分の出足が鈍いことの正当化を図っているようで



気軽に頼めるようなことは、自分でやってしまえばいい。


その方が自分のいいように出来るし、慣れている自分がやった方が効率がよく、早い。


大事なことにひとを巻き込むなら、よく考えて道筋を想定したりして、そのひとにどんな風に活躍してほしいのか、どんな知識や能力、技術に頼りたいのかを明示して、そういうことなら自分が力を貸すよと納得して動いてほしい。


生き生きしたひとだとか、自分をよく使える人って、そういったことを頼まれもせずに自分で見つけて、実行できる人なのかもしれない。


おもしろいことは、頼まれなくたって勝手にやりたくなるもんだ。