16日 10月 2018
かつて僕は、ジン(お酒)が嫌いでした。ジンの匂いを、「薬くさい」と思っていました。 今の僕は、ジンが好きです。ジンの匂いを、爽やかで、すっきりとしていて、豊かで、華やかで、キレがあって、ときにマイルドな香りだと思っています。...
15日 10月 2018
一個の商品と引き換えに、やりとりされる代金。時間は、お金に換えることができる。逆にお金を遣って、時間を捻出することもできるだろう。その場合は、金銭報酬によって誰かに代行してもらえるようなおこないに、日常的に自分が時間を費やしているという条件が付くだろう。自分でやることに意味を見出すおこないは、誰かに代行してもらったんじゃ意味がない。 そのときに動いて、流れてどこかに消えてしまう、お金。もちろん、どこかに作用して、その作用の連鎖が起きて、消えてなくなってしまったかのように見えた「あのとき・いつか」のお金も、この世のどこかに今もいる。でも、そうした連なりを経て、遠ざかったことによって、具体的にどの部分が「あのとき・いつか」の「あのお金」なのかを認知することは難しい。人の手から手を渡り歩くお金の旅は、一本道ではない。始まりは点だったとしても、それはたちまち線から面へ、面から空間へ、空間から時間へと波及する。時間のお次は、いったいなんだろう。 未来をつくるといえば、聞こえは尊い。こどもは未来をたくさん持っている。「未来」を「お金」風にみなしていえば、こどもはいわば「未来持ち」である。人の手から手を渡り歩き、たちまち輪郭を失うそのときの「お金」のためにはたらくことももちろん大事だけれど、人を動かし、未来にはたらきかけることを忘れてはいけない。これを読んだあなたが、あなたの属する集団が、国が、世界が、未来が、僕にはたらきかけてくれているのだ。そう思うと、僕もはたらきかけなきゃいけない。はたらくとは、そういうことなのだ。その対価は「お金」だけでは、決してない。 点から線へ、線から面へ、面から空間へ、空間から時間へ。時間のお次は、未来かもしれない。
14日 10月 2018
憧れるって、どういう感覚なんでしょうか。僕は、す~ぐ羨んじゃったり、悔しくなっちゃったり、嫉妬しちゃったりしてばかりで、素直に憧れたり、感心したりする力が足りないのかなぁなんて思います。...
13日 10月 2018
「あ、冬だ。冬がくる。準備をしなきゃ。」 からだがそうつぶやくのがきこえる瞬間というのがあります。ほんとにどこかからだの一部がしゃべるわけではありません。そういっているふうにきこえる、気がするのです。...
12日 10月 2018
同じ種の中でも多様性があるということは、環境が変わっても、種の中で誰かしらが生き残り、種を絶やさずに保ち続けることにつながる……という論理が立ちます。個体差が大きく、豊かな個性が共存している社会のほうが、さらに大きな社会や自然環境の中で生き残っていく可能性が高い、といっていいのかもしれません。...
11日 10月 2018
昨日、健康診断がありました。問診票に記載された僕の年齢を示す数字は、32。次にやってくる僕の誕生日までは、あとおよそ半年あります。ぼんやりと問診票上の「32」を眺めながら、その上に重ねるように幻視した「33」。その数字が、急に重く感じられました。33って、おじさんやん……。...
10日 10月 2018
どうも、「かわいそう」という形容には、上下や優劣を押し付ける目線がある気がしてなりません。対等だと思える間柄においては、なかなかつかわれない言葉なのではないでしょうか。...
09日 10月 2018
わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ いつもきいてる きみのいるおと わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ わしゅ いつもおしあい あなたとわたし ぎゅう ぎゅう ぎゅう ぎゅう ぎゅう ぎゅう ぎゅう ぎゅう いつもわけっこ いのちのスープ たぷ たぷ たぷ たぷ たぷ たぷ たぷ たぷ きょうはなんだか しおからいあじ ほろ ほろ ほろ...
08日 10月 2018
そう、僕はどう見たって忙しくなんてないのです。とういうか、どう見たって暇人なのです。漫画読んだり小説読んだり雑誌読んだり昼寝したりご飯食べたりのんびりお風呂に入ったり、楽器持って歌ったりしてばかりいるんですから。...
07日 10月 2018
2才5ヶ月の息子と「きぶんてんかん」と、称した散歩を毎日しています。散歩といっても足を使って歩くのは僕だけで、息子ははだしのまま僕にだっこされたまま、近所の線路が見えるところまで行って、行き交う電車を数本眺めたら帰ってくるというのがお決まりのコースになっています。「よし、じゃあ『きぶんてんかん』にいこう」となって、家の外に出たらまずは空を見上げるのですが、飛行機だとか星だとか、空にあるものによく気付いては「あ、ひこうきだよ」「おほしさまみえたよ」と指差して教えてくれる息子です。我が家は西東京市なのですが、東から西に向かっていく飛行機が圧倒的に多いです。 ここのところの僕は、家庭内の事情により、これまでよりややシビアな自己管理や時間のやりくりが要される状況にあります。その事情が生じた当初は、いくぶん自分のやりたいことを圧迫されるところがあっても仕方なし、この事情がひと段落つくまでは無理してでも闘い抜かなければなという覚悟でいました。しかし、そのスタンスで最初の数日をやり過ごしたところ、どうも生きた心地がせず、家庭を支えるどころか、ストレスで自分の胃に穴が開くとか体調を崩すとかするのが先か、という予感が立ち込める始末でした。「やりたいことは、無理してでもやれ」という声が自分のなかから湧き起こるのを、キャッチしたのです。今は、実家の父・母をはじめとした親族たちに遠慮なく頼り、溜まった有給休暇を細切れにでも積極的に消化することで、やりたいこともなんとかやれています。 天候や自然現象・災害をきっかけに、それまでやれていたことが厳しくなるような事態が、このところあちこちで起こっているかもしれません。命を守り、保つのがまず第一でしょうけれど、その先にあるものが逆行して「命」の方に干渉してくることもあるのじゃないかなと、このところの自分の家庭内事情および自分の健康状態・モチベーションと照らし合わせては、空想しています。 そういうの、生きがいっていうんでしょうか。

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