チキ・チキ・チキ…
カメラのシャッターを切る男性。40代くらいだろうか。精悍なたくましい印象。
僕は階段に座ってそれを眺めていた。
僕と男性は、一直線に幹線道路を見渡せる、陸橋の階段にいた。
二人の間には、段差数段分の距離がある。
(ここ、良い景色ですよね。)
(なんのテーマで撮ってるんですか?)
(仕事で使う写真ですか?)
純粋な疑問として、思念が湧く。
詰め寄るような、職務質問みたいな行為は野暮だ。
僕は頭に浮かんだすべての疑問を飲み込んだ。
画角を少しずつずらしながら、
チキ・チキ・チキ…
ひととおり撮り終えた男性は、階段を降りて右手へ回り込んで見えなくなった。
少しのあいだ、男性がフレームに収めた景色を自分も眺めてみる。
男性が来るより前から僕はそこに座っていたけれど、目の前の景色を自分はどれだけ見ていただろう。インプットされた量は、知れたものではなかった。
眼球のファインダーに景色をひととおり収め、目の前の景色さえも見過ごしがちな自分を形だけでも納得させた僕は、階段を降り、左手に回り込んだところに停めた自分の自転車に手をかけた。
金属質のものが触れ合うような音が聞こえて顔を上げると、スポーツタイプの細身の自転車の施錠を解く、先程の男性と目が合った。
飲み込んだはずの質問がふたたび頭の中に立ち上がった。
そこで男性に声をかける未来もあったかもしれない。
僕はそれをしなかった。
すぐさまかち合った目線を外し、自転車のスタンドを蹴り上げ、家に向かう道を行った。
僕と同じマンションに住む人が、飼い犬を連れて向かいから歩いてくるのが見えた。
犬の散歩がなかったら、この人はあと30分長く寝るだろうか。
火曜日の朝だった。
僕は自分で自分の散歩をさせていることに気がついた。